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2009/12/16.Wed

御鍬様2009

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11月22日、新野で御鍬様が催されました。

御鍬様のお祭りは、昔は行われていたのですが、ここ何十年と行われておらず
2~3年前に、地元の人たちの手で復活したお祭りです。

獅子舞や鍬降りなどが街中を練り歩き、悪魔祓いをするお祭りですが、
なんといっても驚いたのは、新野に獅子舞があったこと。

飯田下伊那は獅子舞が盛んで、各地域に獅子舞が伝わっていますが、
新野には獅子舞はないのだと思っていました。

なので、地元の祭りといえど、わからないことが多く、
今回の記事は、当日に見たことと、聞きかじった話のまとめになってしまいます。
もしかしたら、間違いや足りない部分があるかもしれませんので、
詳しい方がいらっしゃいましたら、お教えください。

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〈旗には、「御鍬大明神」と書かれている〉

御鍬様は、
まず、伊豆神社境内にある御鍬様の祠から、
神輿へご神体を移します。

次に行列を作り、練り歩きます。

行列は、
獅子頭を頭にかぶった獅子舞2体、
大きな鍬を持った鍬ふり、
傘をかぶった少女たちの伊勢音頭、
笛や太鼓を担当する楽、
ご神体の入った神輿、
そして旗持ちからなります。

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〈耕すような舞をする鍬ふり〉

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〈悪魔祓いを舞う獅子舞〉

途中、悪魔払いと呼ばれる祈祷と舞をし、
その場その場で餅投げをします。
今年は、大村公民館から道の駅までの7か所で行われました。

場所につくと、鍬ふりと伊勢音頭の衆が、楽の演奏に合わせて踊ります。
その後、悪魔祓いへと移りますが、
悪魔祓いは、掛声をかける人の発声から始まります。

「天下太平~、五穀豊穣~、
 家内安全~、商売繁盛~、
 悪魔を払うとせ~」

この掛け声で、手に鈴と榊を持った2体の獅子舞が舞います。
舞いが終わると、餅投げをし、また移動する、といった具合です。

当日は、大勢の人がお練りの行列に加わり、
見物客も一緒に練り歩く、大行列となりました。

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この御鍬様の由来を調べてみました。

……
寛保2年、伊勢の外宮豊受大神宮より、百姓の第一の道具である鍬を御神体とし、
これを大神宮の分霊として神輿に納め、賑やかな行列を作って伊勢を出発。
この行列は東海道、中仙道、甲州街道にて三筋に分かれて出た。
(中略)
名古屋から信州路に向った一行は、足助豊橋を経て、上街道を飯田へ出る予定であったが、
浪合の関所がうるさいというので、予定を変更し売木を経て新野へ入った。
(中略)
翌朝立って、帯川の関所にかかったところ、
「多人数の群行は徒党とみなす」と通行を禁じられて困り果て
村に道具一切を譲って帰ることになり、御鍬様は村に落ち着いた。
その後豊作の年ごとに行う
……
    「新野民俗誌稿」(昭和54年3月発行)より抜粋

1742年ころの話のようです。
そんなに古い歴史のある祭りだったとは…!

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さて、今回の御鍬様、主な出演者は子供たちが担当していました。
本来は子供というきまりはないのだと思いますが、
復活した際に、子供たちが主体の祭りへとしたようです。
鍬ふり、獅子舞、伊勢音頭、楽など、舞や笛は子供たちが行い、
御鍬様実行委員会がサポートする、といった具合になっていました。

近年、新野は、地元の方たちが、
祭り全般において後継者育成に力を注いでいますので、
子どもたちも自然と祭りに参加している姿が
頼もしくもあり、うれしくもありました。

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〈寒空の下、旗をにぎる手が赤い〉

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来年もまた楽しみです。


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新野よいとこ | Comments(2) | Trackback(0)
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